17. 数珠丸恒次

<太刀 銘:恒次(名物:数珠丸恒次)>

 

・平安-鎌倉時代

青江恒次 作

・重文指定日 1950.04.13

本興寺兵庫県尼崎市)所蔵

享保名物帳(行方不明) 

 

天下五剣の1つに数えられる。

 

<作者>

後鳥羽上皇御番鍛冶を勤めた古青江初代・青江恒次が打ったとされる。

青江派の恒次は鎌倉-南北朝にかけて3-4代存在する。

 

 <名前の由来>

日蓮が本刀の美しさに魅せられ、柄に数珠を巻き破邪顕正の太刀として佩刀していたことが名の由来とされている。

 

<来歴>

日蓮が所持していた守り刀で護身用として、日蓮を山に招いた南部実長から贈られたといわれている。

日蓮の没後、身延山久遠寺山梨県)に袈裟と中啓と共に3遺品として厳重に保管されていた。

 

詳細は不明だが、享保年間に行方不明となったが、

1919年頃に刀剣愛好家の杉原祥造氏が華族の競売で発見し買い取ったが、

久遠寺は真贋がわからないために引取を拒否し、杉原邸の近所であった本興寺に寄贈された。

 

久遠寺より紀州徳川家に伝わったが1645年に行方不明

・1736年にお寺から盗まれた。など、行方不明については諸説ある。