198. 一文字則宗

 

鎌倉初期に備前国で活躍した福岡一文字の祖にあたる刀工

 

後鳥羽上皇に集められた12人の御番鍛冶の1人で、

則宗は、1月(正月)を担当した

 

則宗は「菊一文字則宗」として多く知られているが、

実際に則宗の刀に菊花紋を刻んだものはなく

後鳥羽上皇による菊花紋を刻んだ刀「菊御作」と混同され

則宗の刀が大衆に認識されてしまったのではないかといわれている。

 

新選組を題材にした小説などで、「菊一文字」は

沖田総司の愛刀として描かれることが多いが、

室町時代にはすでに則宗の刀は高級品であり、

江戸時代には「大名差し」として稀に贈答されるほどで、

則宗の刀は新選組一隊士に持てる代物ではなかったため、

事実ではないとみられている。

 

現存する「則宗」銘刀は、

<革包太刀(笹丸)則宗ノ銘アリ/ 名物:二ツ名銘則宗> 

重要文化財指定

愛宕神社所蔵(京都国立博物館寄託)

 

<太刀 銘:則宗

重要文化財指定

岡山県立博物館所蔵

 

<太刀 銘:則宗> 徳川5代目将軍・綱吉由来

・国宝指定

日枝神社所蔵

192. 五月雨江

 <刀 無銘:義弘(名物:五月雨江)>

南北朝時代

郷義弘 作

・重文指定日 1939.05.27

徳川美術館 所蔵

享保名物帳 記載

 

越中国郷義弘によって極められた刀で

五月雨の時期に本阿弥家にて極められたためこの名がついた。

 

本阿弥家より取り出され、義弘によって極め直された本刀を黒田長政が買い求めた。

1629.03.10に長政が死去しその遺物として、徳川家2代目将軍・秀忠に献上された。

 

1629.04.23に加賀の前田光高が3代目将軍・家光に元服した際に秀忠より拝領した。

1639.12.25に家光の養女・阿知姫が光高に輿入れした際、光高の父・利常より家光へ献上された。

 

1939.09.28の尾張徳川光友と家光の息女・千代姫の婚礼の引出物として家光より、

江戸城白書院にて、光友は本刀と後藤藤四郎を拝領した。

1667年9月に広橋権大納言忠幸の息女との婚礼を祝し、子・綱誠へ贈られた。

 

1699.06.05に綱誠が死去しその遺物として、

1699.07.25に5代目将軍・綱吉に献上された。

以降、将軍徳川家に伝来した。

 

1944年3月に徳川宗家17代目当主・家正より、徳川美術館に寄贈された。

190. 太閤左文字

<短刀 銘:左 筑州住(号:聚楽・太閤左文字)>

南北朝時代

・左(筑州住左)作

・重美認定日 1933.07.25

・重文指定日 1934.01.30

・国宝指定日 1952.11.22

・ふくやま美術館 所蔵

 

相州正宗十哲の1人、左文字によって打たれた短刀で

昭和後期より豊臣秀吉の蔵刀である太閤御物であったためこの名がついた。

秀吉より、徳川家康に贈られ、子・秀忠が差料としていたが、

その後、浜松藩井上正就へ下賜され、井上家に伝来した。

 

1929年(昭和4年)頃に行われた井上家の入札にて長尾よね氏の所有となった。

戦後の長尾家の没落に伴い手放された本刀を青山孝吉氏が買い取り

 

1969年以降に小松安弘氏の所有となり

2007年に江雪左文字などと共に「小松コレクション」としてふくやま美術館に寄託された。

2018年11月に安弘氏の遺志にて福山市に寄贈され、

2020年にはふくやま美術館の所蔵となっている。

 

細川家:永青文庫 所蔵組

 

細川家は、鎌倉時代から江戸時代にかけて栄えた武家であり、

本姓は源氏で、清和源氏・足利家の支流である。

 

<肥後細川家>

1. 藤孝(丹後宮津城主)

山内一豊より「小夜左文字」を譲渡される

 

2. 忠興(初代小倉藩主)

「歌仙兼定」の持ち主であり名の由来にもなった

元より所持していた「篭手切江」が稲葉丹後守正勝に贈られた。

古今伝授の相伝と共に「古今伝授の太刀」が烏丸光広に贈られた。

1581.04.12の茶会にて「地蔵行平」が明智光秀に贈られた。

 

3. 忠利(初代熊本藩主)

大飢饉による資金繰りの為「小夜左文字」が売却される

稲葉正利より「篭手切江」が贈られた

 

5. 綱利(3代熊本藩主)

「歌仙兼定」が家老・柏原定常(定道?)に拝領された

「篭手切江」が稲葉正往の老中就任の祝いとして贈る

 

16. 護立(細川家16代当主:2代熊本藩主・護久の子)

細川家の宝物を所蔵する「永青文庫」を設立した

持ち主を転々としていた「歌仙兼定」を買い戻した

   

:前田家所有組(前田育徳会)

 

 

加賀前田家藩祖・利家

→1595年頃、秀吉より「大典太光世」を拝領した。

 

初代・利長

→秀吉より「平野藤四郎」を拝領し、1605.06.28に徳川秀忠に献上した。

 

2代・利常

1616年に直之より「前田藤四郎」が献上された。

(前田直之は利家の次男・利政の子で、召し上げられた際に献上したとみられる。)

→1617.05.13に秀忠より「平野藤四郎」を拝領した。 

 

3代・光高

→1633.12.05に徳川家光より「信濃藤四郎」が贈られた。

 1636年に酒井忠勝に売却した。

 

4代・綱紀

→1645年に家光より「愛染国俊」を拝領した。 

 

14代・利嗣

→1822年に「平野藤四郎」を明治天皇に献上した。

 

16代・利建

→以降に「愛染国俊」が手放された。

 

 

<前田育徳会 所蔵刀>

 

13. 大典太光世(三池) 病魔を祓う霊刀。

 足利家の重宝として伝来し、秀吉を経て、加賀前田家に伝わった。

 

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39. 前田藤四郎(粟田口)享保名物帳に所載される名刀。

 前田利政の愛刀であり、子・直之より、利常に献上された。

 

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