176. 源清麿

 

江戸後期に、江戸を拠点に活躍した刀工「江戸三作」の1人、源清磨が打った刀の総称。

 

四谷に居を構えていたため「四谷正宗」とまで呼ばれていた。

 

本名は、山浦環。初めは「正行」で、次に「秀寿」と銘打っていた。

「山浦環」銘も確認されている。

 

兄の真雄と共に、河村寿隆に作刀を学んでいた。

 

江戸に出て、軍学者・窪田清音のもとで武士として修練を積んでいたが、

刀工・清麿としての腕前を惜しみ、1842年に100振ほどの武器講を依頼されたが、完遂前に自害した。

 

 

近藤勇の愛刀・長曽祢虎徹は、清麿によって打たれた写しだとされている。